IR theories とは  Realists vs Liberals  参考文献

 

Realists vs Liberals

このページでは、リアリズム(現実主義)提唱者とリベラリズム(自由主義)提唱者が具体的にどういうトピックでどう議論を戦わせているかを簡単に紹介したいと思います

まずは双方の古典とも言えるこの二つの考え方:

  • トゥキディデス(Thucydides, "Melian Dialogue") Realism

    他都市を支配下に置き、勢力を拡大しつつあるAthens(アテネ人)と、中立と独立を保ちたいを主張するMelo人との会話。「『権利』とは 、力が均衡しているもの同士の間にしか存在しない...力のあるものは思うがままのことができるし、力のないものは苦しむしかない。("Right, as the world goes, is in question only between equals in power... while the strong do what they can, and the weak suffer what they must")」

  • カント(Kant, "Perpetual Peace") Liberalism

    平和達成には3つの鍵がある。1、国家間の協力のもと、平和的連合をつくり、国際法をつくる。 2、国家間の交易を増やし戦争の実効性をなくす。3、国内体制を共和制にすることによって、政治の透明性、責任制を促す。それぞれの個人や国家の思惑や利益が対立しても、このような相互監督の機関をつくることによって、まるでそのような対立がないのと同じような結果が得られる。"Nature guarantees perpetual peace by the mechanism of human passion."

 

世界戦争はなくなるのか?

  • エンゲル (Angell, "Great Illusion") Liberalism

    国家が政治勢力を発揮するために領土拡大が不可欠であるという概念はすでに幻想に過ぎない。ヨーロッパで見られるように、武力によって政治勢力の前線を拡大しなくとも、通商貿易によって経済的富を得ることができるからである。このように、経済的に近代化した世界では政治および軍事力は富をもたらさない。また、道徳/社会的な闘争は国家間ではなく、同一国家内の市民の間で起こるのである。(WWI, WWII以前に発表された論文なので批判も多いことに注意)

  • ブレイニー(Blainey, Paradise is a Bazaar) Realism

    19世紀にあった長期の平和が、マンチェスター派の基礎となっているが、マンチェスター派の、「通商が国家を結びつけ、相互依存をもたらす。国家間の接触が多いほど、お互いを尊重するようになる」という主張は、第一次世界大戦の発生と延長で否定される。平和の創造は、civilising constraintsではなく、政治状況や、技術革新といった要素によるものだ。

  • ミルウォード(Milward, "War as Policy") Realism

    戦争のコストが戦争の結果得られる利益に見合わないほど高くなってきたというのは一般的によく言われることだが、間違いだ。第二次世界大戦のドイツと日本が経済的利益を求めて戦争に走ったことからも明らかである。第一次大戦のころ連合軍によって海上封鎖された経験から、 ドイツが経済自立政策(Autarky)を遂行しようとしたのは自然な結果である。

 

経済的相互依存は望ましいか?

  • ウォルツ(Waltz, "Structual Causes and Economic Effects")Realism

    経済相互依存は、mutual vulnerability(全ての国が一様に管理能力を譲歩し、結果密接に依存しあう状態)というよりもむしろ、sensitivity(外界の出来事に対する反応)と定義付けるべきである。sensitivityは国によって違うので、相互依存が破壊された時に受ける被害も国によって違う。結果、相互依存が平和を保証するとは言いがたい。

  • ローゼクランス(Rosecrance "Trade and Power") Liberalism

    領土拡大は、もはや国家利益をもたらす唯一の方法ではなくなったし、領土拡大のための戦争は危険かつコストが高い。むしろ、国際協力による貿易によって国益を増やすことができる。産業革命の結果や、中小国の増加によって、相互依存による国際的発展が好まれるようになった。また、国家は強制的に相互依存に組み込まれるのでなく、安全と利益のために自ら望んで相互依存を選ぶ。

 

共和制は平和をもたらすか?

  • シュンピター(Schumpeter) Liberalism

    民主的資本主義は反帝国主義の性質があり、平和に導くものである。国際裁判所のように戦争を予防する手段も発展してきている。また、戦争によって利益を得る軍閥は少数派であるので、共和制の民主主義社会で彼等の利益が優先されることはない。

  • マキャベリ(Machiavelli) Realism

    共和制のリベラルな側面は平和的ではない。むしろ共和制の人口・財産増加に対する衝動が帝国主義的な拡大をもたらす。また、国内での政治的生存のために指導者は外に向かって更に発展しようとする。

 

第二次世界大戦以後、なぜ大規模な世界戦争がおきていないのか。

  • ミュラー(Mueller, "Obsolecence of Major War") Liberalism

    第2次世界大戦以降の平和は核兵器の抑止力によるものではない。戦争が魅力を失ったからだ。物理的なコスト(第一次、第二次大戦より第三次の被害は拡大すると予想される)、精神的なコスト(現代では人命により高い価値をおいている)両方が高くなった結果である。

  • ミアシャイマー(Mearsheimer, "Why We Will Soon Miss the Cold War") Realism

    戦後平和をもたらして来たのは、冷戦の二極構造、軍事的対等、そして核兵器の存在のおかげである。冷戦後、新たな国が核兵器の所有を目指そうとするだろう。(ミュラーに対して)第1次大戦の被害の大きさにも関わらず第二次大戦が発生したし、世論はいつでも操作できるものである。国家は安全保障を経済利益よりも通常重視するので経済相互依存は平和を保障しない。また、民主平和論のように、民主主義の国民が戦争のコストにたいして敏感である、という保証はなく、超ナショナリズムや宗教の原理主義に支配される可能性だってある。

 

政策決定の要因は『パワー』なのか?

  • リアリストについては国際関係論のページ、Realism参照。Realism
  • コバー(Kober, "Idealpolitik")

    リアリストの前提である、パワーを国益と考えた上で政策は決定されるという考えでは、数々の現象を解説できない。なぜなら、大切なのはイデオロギーであって、外交政策は、国内で支持されている価値観の延長であるから。

  • コヘイン&ナイ(Keohane and Nye, "Power and Interdependence") Liberalism

    「国際政治において、国家のみが主要なアクター(主体)である、武力の行使は効果的な政策執行の方法である、経済/社会問題よりも軍事的安全保障が重要である」といったリアリズムの前提は間違いである。複雑な相互依存(Complex Interdependence)が進む国際社会において重要なアクター、重要なイシュー共に複雑化していて、それぞれの問題の間に重要性の優劣はつけられなくなっている。結果、武力の実用性/実効性は低下し、国内と外交政策の境目は曖昧になり、アジェンダ・セッティングはより微妙な問題になってきている。

 

戦争に人道的ルールを設けることはできるのか?

  • ウォルツァー(Waltzer, "Just and Unjust War")

    他国へのAggression(侵略)はどんな形であれ、犯罪である。許されうるのは、介入(国家解放の命運がかかっている時、第三国の介入にたいしてカウンターバランスするため、または人道的介入)のみである。攻撃の際、無実一般の市民と兵士の区別を明確にしなくてはならない。Supreme Emergency(最高の緊急性)、つまり危険が差しせまっていて、危険の被害規模が重大極まりないときにのみ、一般市民への攻撃が許容される。従って、太平洋戦争における原爆投下は犯罪である。

  • ファセル(Fussel, "Thank God for the Atomic Bomb")

    兵士として戦争に参加した身からすれば、広島・長崎の原爆投下は、日本本土上陸をせずに、戦争を終結させる人道的な選択だった。アメリカ軍兵士にとっても、それに抵抗する予定であった日本国民にとっても好ましい結果である。第一、戦争において、一般市民と兵士の区別などない。

 

参考文献:Richard Betts ed., Conflict After the Cold War: Arguments on Causes of War and Peace, (New York: Longman, 2002)、他