Clausewitz

管理人が大学院に入ってまず教わったのはクラウゼヴィッツの「戦争論」の読み方でした。安全保障・軍事関係者の間ではクラウゼヴィッツの「戦争論」は基礎中の基礎だといえます。安全保障の文献を読んでいたら急にクラウゼヴィッツの引用が出てきた、「戦争論」を独学したいけれどテーマや文章が難解すぎる、と泣いている人も多いはず。ここでは、クラウゼヴィッツに苦しむみなさんのために、クラウゼヴィッツの「戦争論」についてとりあげます。「戦争論」に取りかかる前に、ぜひ参考にしてください。

 

クラウゼヴィッツとは誰か?

クラウゼヴィッツ(Carl Phillip Gottfried von Clausewitz:1780−1831)はプロイセンの軍人です。本人が生まれる頃には没落していましたが、先祖は貴族だったようです。ちょうど世の中はフランス革命とナポレオン戦争の時代。クラウゼヴィッツは少年兵としてフランス革命への干渉戦に参加したのち、ベルリンの士官学校に進みました。そこでは、校長の片腕としてプロイセンの軍制改革を推進しました。1806年、ワイマールで、ナポレオン軍との衝突にプロイセン軍が敗退した際、陣中にあったクラウゼヴィッツは捕らえられ、捕虜となりましたが、解放されてベルリンに戻ったのち、ナポレオン支配下のプロイセンで軍隊を再建し、少しずつ力を蓄えました。その後ナポレオンのロシア遠征に参戦することを拒み、逆にロシア軍に身を投じ、見事ナポレオン軍を退散させた後プロイセン軍に復帰し、1815年のワーテルローの戦いで、イギリス軍と協力してナポレオン軍を撃破しました。その後は新しい軍団の参謀長に就任するほか、戦争の研究に没頭し、執筆活動を続けました。経験豊かな軍人かつ知識人として、その後も政治、軍事政策の中枢でプロイセンのために働き、また、軍事教育者としても有名になりました。大著「戦争論」の執筆途中で病いにたおれ、51歳でこの世を去りました。「戦争論」は彼の死後、愛妻マリーによって整理され、未完のまま出版されました。

 

なぜクラウゼヴィッツを勉強するのか?

クラウゼヴィッツの「戦争論」が有名なのは、近代戦争を体系的に研究した最初の著作だからです。戦略だけでなく、戦争と政治の関わりを包括的、体系的に論述しており、軍事戦略を学ぶ人、政治学を学ぶ人にとって基本書とされています。科学的な分析方法(彼自身は「戦争は科学ではない」と言い切っていることに注意)や哲学的手法をつかい、戦争研究を学問として確立させたという点で、それまで存在した戦術書と大きく異なります。特に注目されるのは、それまで戦争といえば貴族の軍隊同士の戦いであったものが、ナポレオンの登場で国民的軍隊との戦争、つまり『国家の総力を挙げた戦争』へ移行した時期に書かれたということです。戦争形体が根本的に変化する過程を目の当たりにしながら近代戦争の本質を考察した本なのです。
冷戦中はレーニンがクラウゼヴィッツの「戦争論」の大ファンであったことなどから、アメリカの軍部、研究者たちはソ連の軍事研究をするために必ずクラウゼヴィッツを研究しました。1980年代の半ばに発表された、アメリカのワインバーガー・ドクトリンは、アメリカの軍事政策にクラウゼヴィッツの影響がいかに強いかが表れています。このドクトリンは「戦争論」をもとにした軍事力行使の6原則を定めたもので、特に第3原則では「戦争論」を引用し、クラウゼヴィッツの時代とは違うけれども、政治および軍事の目標を明確に定義しなくてはならない、と政治の継続としての軍事を強調しています。その後も中国の軍隊の近代化にクラウゼヴィッツの理論が用いられているのではないか、という報告もあって、現在でも軍事関係者、研究者の間では広く読まれています。

 

「戦争論」は現代に応用できるのか?

クラウゼヴィッツの理論は現代でも応用できるのか、という議論は学者の間でも意見が分かれるところです。例えば、クラウゼヴィッツは「攻撃に対する防御の優位性」を説いていますが、核兵器の出現で、攻撃側の破壊力を防御することができなくなりました。冷戦中の核兵器軍拡競争でできあがった相互確証破壊(MAD)、最近まで続いていたABM条約は、核兵器からお互いを防御しないことで平和を保とう、というクラウゼヴィッツの時代には考えられない安全保障のあり方を生みだしました。今後も軍事革命(RMA)によって、伝統的な戦争とは全く違ったタイプの戦争が生まれる(例えば全く人間自身は戦わない、マシンのみによる戦争など)ことも考えられます。また、現代のように、NGO・宗教・テロリストなど、非国家主体が国際社会において重要なアクターとなることはクラウゼヴィッツの想像だにしないところでした。
一方で、戦争の形態がどんなにかわっても、クラウゼヴィッツが分析した、戦争に関わっておこるの現象の数々はかわらない、ともいえます。例えば、どんなに高度な技術を開発しても、予期しない出来事「摩擦」を防ぐことは大変困難なことです。さらに、政治の継続としての戦争、という基本命題は今でも多くの場合適用することができます。
というわけで、クラウゼヴィッツの理論が今後の戦争にもあてはまるのか、それともまったくの古典になってしまうか、皆さんもぜひ考えてみて下さい。まずは、クラウゼヴィッツの用語をチェック!